近代西洋の建築・インテリア!アーツ&クラフツ|アール・ヌーボー|シカゴ派|ウィーン分離派!

インテリアの歴史




こんにちは!Kanaです。

近代の、アーツ&クラフツとアール・ヌーボーとシカゴ派・ウィーン分離派・ドイツ工作連盟について解説していきます。

 

アーツ&クラフツは、大量生産による安価で粗悪な製品が多かったのでそれに反対した運動が有名です。

アール・ヌーボーは、デザイン的特徴は、有機的な植物が絡み合い、流動感のある曲線を描くモチーフが多く使われたことです。

シカゴ派は、従来の建築とは違う新しい建築様式を推進した建築家の一派をいいます。

ウィーン分離派は、用と美の調和を目指した活動を行いました!

ドイツ工作連盟は、製品の向上を目的として、機能的かつ経済的な近代的デザインを目指しました。

 

今回は、『近代西洋の建築・インテリア!アーツ&クラフツ|アール・ヌーボー|シカゴ派|ウィーン分離派!』と題して紹介します。

 




アーツ&クラフツ

18世紀~19世紀にかけて産業革命が起こり、大量生産による安価で粗悪な製品が多く普及しました!

19世紀中ごろ、機械主義や商業主義に反対し、民衆の生活美と時代の様式を守ろうとしました。

この動きを、アーツ&クラフツ運動といいます!

これは、産業革命による弊害として、粗悪な工場生産品が横行することを嘆いた中世の有能な職人による手工芸品の美を尊重し、それを復興しようとした運動になります。

この運動は、イギリスの理論的リーダーであるウィリアム・モリスを中心人物として活躍しました。
モリスがジョン・ラスキンの思想に共鳴して実行されたものです。

 

ウィリアム・モリスは、生活と芸術を一致させ、手工業による品質の高い製品を制作し、販売することを試みました。

 

ちなみに、ウィリアム・モリスは、19世紀、イギリス生まれです。

「モダンデザインの父」とも呼ばれました!

特に、植物模様の壁紙は有名で、現在でも人気がありインテリア装飾に使われています。

また、友人のフィリップ・ウェッブに民家風赤レンガ造の新居の「赤い家」の設計を依頼して、モリスの友人たちが協力して、家具と室内装飾を担当しました!

ジョン・ラスキンは、19世紀のイギリスの評論家・美術評論家です。オックスフォード大学の教授を務め、中世のものづくりの姿勢に学ぶ必要があるとして、ゴシック美術を絶賛する本を執筆しました!

 

1861年には、モリス・マーシャル・フォークナー商会を設立しました!

 

そこでは、壁紙・壁掛け・敷物・ステンドグラス・更紗染め・絨毯のデザイン・制作・販売をおこないました!

 

これら活動は、その後の20世紀のデザインの考え方に大きな影響を与えました♪

 

アール・ヌーボー

 

モリスの影響を受けたベルギーやフランスでは、19世紀末~20世紀初頭にかけて、造形に対する新たな価値観が生まれました。

歴史に捕らわれないこれらの芸術活動は、アール・ヌーボーと名付けられました。

ヨーロッパ全土にまで広まっていきました。

 

アール・ヌーボーは、「新しい芸術」という意味がこめられています。

 

1895年パリに開店した美術商サミュエル・ビングの店の屋号に由来します。

アール・ヌーボーのデザイン的特徴は、有機的な植物が絡み合い、流動感のある曲線を特徴としているものを描くモチーフが多く使われたことです。優美な装飾様式を生みました。

植物に想を得た自由で優雅な曲線です!

 

アール・ヌーボー建築は、今なお、ベルギー、フランス、スペインなど各国の建築資源とした保存されています。

その多くが自然界に見られる植物や昆虫などにみられる曲線や曲面を建築に取り込んだものであり、かつ、鉄やガラスやコンクリートといった時代の新しい材料を用いて構造的にも合理性を追求しようとしました!

 

この頃には、ドイツやオーストリアでは、ユーゲント・シュティールと呼ばれる同様の運動が展開されました。

ユーゲント・シュティールは、若い様式という意味があります。

 

オーストリアでは、この運動に先んじて、1830年代にミハエル・トーネットがブナ材を蒸気で加工する曲木技術を完成させ、曲木イスの量産を始めました。

丈夫で美しく、安価なイスで広く普及して、世界各国で使用されるようになりました。

ミハエル・トーネットは、ドイツの家具デザイナー兼実業家です。曲木イスを量産しました!

また、ノックダウン方式で出荷することで、効率的な大量輸入を可能にしました。

 

イギリスでは、20世紀初頭に、チャールズ・レイニー・マッキントッシュが、独特のイスなどのデザインをしています。はしご状の背をもつ直線的なデザインのイス、ラダーバックチェア(ヒルハウス)をつくりました。

このデザインは、日本の建築の影響を受けており、格子などがモチーフとされています。

 

スペインでは、アント二・ガウディが活躍して、現在も建築中のサグラダ・ファミリア教会や、集合住宅のカーサ・ミラなどを設計しました!

サグラダ・ファミリア教会 カーサ・ミラ

アント二・ガウディは、バルセロナにおいて、カタロニアの地方色の濃い幻想的な建物を造りました。上記の建築以外にもグエル公園などの作品を残しています。

また、ガウディは、自由な架構、曲面・曲線と有機的モチーフに富んだ大胆で幻想的な形態、陶タイルなどの多彩な装飾に特色があります。

 

その他の国では、ベルギーでは建築家のビクトル・オルタやアンリ・ヴァン・デ・ベルデが、フランスではパリのメトロ入口を設計したエクトル・ギマール、工芸家のエミール・ガレ、チェコ出身の画家アルフォンス・ミッシャなどの有名ですね♪

ビクトル・オルタは、タッセル邸が有名です!

エクトル・ギマールは、フランスの建築家で、フランスのアール・ヌーボーの代表者です。鉄骨造の有機的で独創的な意匠は、住宅建築にも用いられ、優れた作品が多かったです!

エミール・ガレは、フランスのガラス工芸家、陶芸家、家具デザイナーです。動植物や風景をモチーフにしたガラス工芸作品が有名です。1889年のパリ万国博覧会でグランプリを獲得してました。

アルフォンス・ミッシャは、チェコ生まれです。女優サラ・ベルナールの芝居用ポスターで一躍有名になりました。

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シカゴ派

1871年、大火災に見舞われたアメリカのシカゴでは、都市の再開発を背景に、鉄骨造を採用することが多くなった(^▽^)/

これにより、鉄骨造による超高層建築(摩天楼、スカイスクレーパー)が次々に建てられました!

 

この時代に、従来の建築とは違う新しい建築様式を推進した建築家の一派をシカゴ派といいます。

これは、構造と技術の融合に出会い、機能主義的な方向を推進した建築家の一派です。

その中心となった、ルイス・サリバンの「形態は機能に従う」という機能主義を象徴する言葉は有名です。

ちなみに、ルイス・サリバンは、アメリカの建築家でフランク・ロイド・ライトの師でもあります。

 

現代の超高層ビルの建造技術の基礎となるラーメン構造による効用を最初に理解しました建築家として評価されています。

シカゴ派には、大正時代に日本で活躍したフランク・ロイド・ライトも属していました!

 

ウィーン分離派

ウィーン分離派は、セツェッションともいわれています。

19世紀末~20世紀初頭にかけて、オーストリアの首都ウィーンで起こった芸術運動です。

オットー・ワグナーを中心に、画家のグスタフ・クリムトをはじめとする芸術家や建築家が集まり、従来のアカデミズムからの分離を唱えました。

オットー・ワグナーは、オーストリアの建築家、都市計画家です。

グスタフ・クリムトは、オーストリアの画家で、ウィーン分離派の初代会長です。

 

過去の常識にとらわれない新芸術を追求しようとするもので、アール・ヌーボーなどの同時代の芸術運動の影響を受けています。

建築家のヨーゼフ・ホフマンらやヨゼフ・マリア・オルブリッヒらの活動は、用と美の調和を目指した活動を行いました!
これは、ワグナーの実用主義思想を受け継ぐものであった。

 

ホフマンは、オーストリアの建築家で、ウィーン工房を設立しました。
ワグナーの門下生で、四角い幾何学的な建築に特徴がありました!!

最も代表的な建築には、ヨーゼフ・ホフマンがブリュッセルに建てたストックレー邸が挙げられます!

合理主義・機能主義の立場から、建築設計すべきであるというものであった。

 

ちなみに、ワグナーは、その理論を著書『近代建築』にまとめました!

その中で、建築を芸術として位置づけ、その根本には近代生活があるとして、近代生活にふさわしい建築の必要性を説きました。

 

家具やファブリック、服飾、日用品を総合的にデザインしようとしました。

一方、分離派のデザインにはまだ装飾に依存する部分もあったため、建築家アドルフ・ロースは「装飾は罪悪である」と非難しました。

セツェッションの活動は、大正初期の日本にも紹介され、影響を与えて、近代建築運動のきっかけをつくりました。

 

ドイツ工作連盟

 

1907年、ドイツのミュンヘンでは、機械と芸術の統一を目指してヘルマン・ムテジウムが中心となって、ドイツ工作連盟が結成されました。

アーツ&クラフツの影響を受けたムテジウムは、機械による芸術の実用性を追求しました。

製品の向上を目的として、機能的かつ経済的な近代的デザインを目指しました。

 

メンバーには、建築家で工業デザインの先駆者であったペーター・ベーレンスは、AEG電気会社のタービン工場や照明器具等のプロダクトデザイングラフィックデザイン、ドイツ工作連盟ケルン展で建てたガラス・パビリオン(グラスハウス)で評価を受けたブルーノ・タウトがいました。

タウトは、のちに来日して、竹や和紙など日本の素材を生かした作品を発表しました。工芸品の指導も行いました♪

また、桂離宮の造形美をたたえた『日本美の再発見』を著し、日本の建築界に大きく貢献しました。

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まとめ

今回は、『近代西洋の建築・インテリア!アーツ&クラフツ|アール・ヌーボー|シカゴ派|ウィーン分離派!』と題して紹介しました。

 

アーツ&クラフツは、18世紀~19世紀にかけて産業革命が起こり、大量生産による安価で粗悪な製品が多かったのでそれに反対した運動が有名で、19世紀中ごろ、機械主義や商業主義に反対し、民衆の生活美と時代の様式を守ろうとしました運動のアーツ&クラフツ運動が起こりました!

この運動は、イギリスのウィリアム・モリスを中心人物として活躍しました。

1861年には、モリス・マーシャル・フォークナー商会を設立しました!

 

アール・ヌーボーは、デザイン的特徴には、有機的な植物が絡み合い、流動感のある曲線を描くモチーフが多く使われたことです。この頃には、ドイツやオーストリアでは、ユーゲント・シュティールと呼ばれる同様の運動が展開されました。

ミハエル・トーネットがブナ材を蒸気で加工する曲木技術を完成させ、曲木イスの量産を始めました。

スペインでは、アント二・ガウディが活躍して、現在も建築中のサグラダ・ファミリア教会や、集合住宅のカーサ・ミラなどを設計しました!

 

シカゴ派は、構造と技術の融合に出会い、機能主義的な方向を推進した建築家の一派です。

その中心となった、ルイス・サリバンは「形態は機能に従う」という機能主義を提唱しました。

ウィーン分離派は、19世紀末~20世紀初頭にかけて、オーストリアの首都ウィーンで起こった芸術運動です。

オットー・ワグナーを中心に、画家のグスタフ・クリムトをはじめとする芸術家や建築家が集まり、従来のアカデミズムからの分離を唱えました。

分離派のデザインにはまだ装飾に依存する部分もあったため、建築家アドルフ・ロースは「装飾は罪悪である」と非難しました!

セツェッションの活動は、大正初期の日本にも影響を与えて、近代建築運動のきっかけをつくりました。

ドイツ工作連盟は、20世紀初期、ドイツのミュンヘンでは、機械と芸術の統一を目指してヘルマン・ムテジウムが中心となって結成されました。

製品の向上を目的として、機能的かつ経済的な近代的デザインを目指しました。

 

以上になります。

最後までご覧いただきありがとうございました!

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