【室町時代】書院造の構造・床の間など内装の特徴|金閣寺・銀閣寺

インテリアの歴史




こんにちは!Kanaです。

鎌倉時代から室町時代には、貴族の文化から武士文化へと移り変わっていきました♪

書院造の構造や内装についてや建具についてもイラストを交えつつ紹介していきます。

ちなみに、書院造は…

建具:障子、襖、杉戸、舞良戸、雨戸などの遣戸(引き戸方式)

天井:竿縁天井、格天井、折上格天井

床:床の間の原型

棚:天袋、違い棚、地袋など(床脇)

書院:出文机(付書院)

金閣は、足利義満によって京都の北山に鹿苑寺金閣を建てました!

銀閣は、足利義政によって京都の東山に慈照寺銀閣を建てました!
慈照寺にある東求堂という4室の建物にある同仁斎という1室の部屋の書斎があります。

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今回は、『【室町時代】書院造の構造・床の間など内装の特徴|金閣寺・銀閣寺』と題して紹介します。




鎌倉時代から室町時代

鎌倉時代以降、武家社会にともない、貴族の文化から武士文化へと移り変わっていきました。

武士の住居は質素でしたが、室町幕府を開いた足利氏は宮廷生活への憧れから寝殿造の色合いが強いものを好んだり、そこに寺院の住居の意匠であった、床・棚・書院などを取り入れました。

京を手本に寝殿造を簡略化・小規模化しながら、新しい方向に進んだことがうかがえる時代です。

ちなみに、書院はもともと禅僧の住居のことで、僧が寝起きしたり、経を読んだりする寝室兼書斎のような部屋でしたが、武士の住宅の住宅に取り入れられ書院造の語源になりました!

では、書院造について学んでいきましょう♪

書院造

書院造は、寝殿造とは違う点として、襖や障子などで仕切られたりしています。

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寝殿造についてはこちらの記事をどうぞ!!

寝殿造をもとに床の間や棚、明かり障子、襖障子など「和室」の原型であるものが取り入れられました!

鎌倉時代末期から、床は畳敷きになり畳が普及し始めました!
小さな部屋から畳を敷き詰めることがはじまりました♪

畳が部屋の床全体を占めるようになりました。

 

障子が間仕切りとなって小部屋が生まれました。
帳台は消えて寝室も襖で囲まれた小部屋になりました。

そして、建具をはじめ造作技術が進歩していました。
部屋の出入口にも建具が付けられました。

柱間に障子、襖、杉戸、舞良戸、雨戸などの遣戸と呼ばれる引き戸方式の建具が設けられました♪

舞良戸(鎌倉) 腰高障子(室町)

引き戸とは、上に鴨居、下に敷居をつくって、そこに板戸をはめ込んで横にスライドをさせて開閉する戸のことです!

開く幅を調節でき、ドアのような開け閉めの前後のスペースも必要としないため、非常に便利でした。

外部との隔てだけでなく、室内の間仕切りにも引き戸が活用されるようになってきました!

 

蔀戸はあまり使われなくなりましたね♪
蔀戸

 

障子は、薄い紙を貼った明かり障子が鎌倉時代のころから使われ始めました!

 

天井は、書院造になると、基本的な竿縁天井のほかに、格式の高い部屋には特別に格子状に仕切られた格天井が設けられていました。

さらに、豪華さを求めるように折上格天井も見られるようになります。

竿縁天井は、壁の端に沿って廻り縁を取り付けて、その廻り縁に一定の間隔で竿縁を通したうえに、天井板が置かれた構造の天井のことです。
天井が垂れ下がってこないように、吊り木で固定されています。

格天井は、格縁を縦横に組むことによって天井面に正方形の区画が生まれます。竿縁天井よりも重厚で格式が高いです。

折上格天井は、格天井の周囲の部分を一段高く持ち上げた天井です♪

 

床は、押板という低い台で、床の間の原点になったといわれています。
床の間には、座敷の正面上座に床板を設けてつくられています。書画などの掛け軸や生花などを飾ったりするようになっていきます。

床の間 座敷飾り(三具足)

壁には、仏画を掛け、その前に卓子と呼ばれえる台を置きました。
卓子には、三具足と呼ばれる花瓶、香炉、燭炉を飾りこれを座敷飾りといいましたよ♪

座敷飾りとは、書院や客間などの座敷に備えられた飾りつけのことをいいます。書院造から生まれたスタイルです!

 

寝殿造の調度品の棚や厨子が建築化されました!

棚には、天袋、違い棚、地袋などで構成される床脇ができました。

上下2段になっている2枚の棚板を段違いにした違い棚が最も知られています!
違い棚は、書物や文具を飾るための段違いの棚ですね♪

ちなみに、床の間に近いほうの板が上段で、遠いほうを下段といいます。
上段には筆や香炉などで、下段には書物、壺、硯箱などが置かれます。
筆が転がり落ちないように、上段の端には筆返しが設けられていますよ♪

 

書院は、書院造の名称の元となっています。

本来は、書斎のことです!

壁や襖、天井が絵などで飾られて、欄間には美しい彫刻が施されています。

 

欄間は、鴨居と天井の間の壁にある開口部のことで、部屋と廊下を挟んでや、部屋と部屋との間などに設けられます。

部屋に明かりを取り込んだり、風通しや換気を良くするために取り付けられた建具です!

また、部屋を彩る室内装飾の役割も兼ね備えています。デザイン性がある豪華なものもあります。

 

縁側沿いには出窓状に突き出して設けられた出文机にはじまる形を付書院といいました。

出文机 付書院

付書院は、正面に明かり窓のついた文机です。

ちなみに、付書院は書院と呼ばれることもあります。

次第には、実用性からかけ離れて装飾的な意味が強くなり、床脇の庭側を構成するようになりましたね♪

書院造は、和室の原点です‼

 

もう一度チェック!

金閣・銀閣

 

室町の文化を代表する北山殿は、のちに鹿苑寺と称され金色の建物は仏像が安置されている3層の舎利殿のみになった。2層以上の内外に金箔で覆われているので金閣寺と呼ばれるようになりました。

当時は、公的な行事の場と将軍の邸宅とを兼ねた建物でした。

15世紀初め、室町幕府3代将軍の足利義満によって建てられました!

ちなみに、金閣は、3階建ての建物で、1階は寝殿造、2階は書院造、3階は禅宗様という異なる建築様式をしています。

さらには、1階は白木でできていて、2・3階は漆地に金箔が貼られています。

 

鹿苑寺金閣

 

おすすめ覚え方

北山文化:足利義満の時代の文化
京都の北山に鹿苑寺金閣を建てた!

 

 

 

東山殿は、のちに慈照寺と称されました。銀閣寺として親しまれていますね♪

東求堂と呼ばれる山荘と銀閣と呼ばれる2階建ての建物で観音像が安置されている観音殿が現存しています。

下層は、書院造でできています。上層は、禅宗様の仏堂になっています。

室町幕府8代将軍の足利義政によって建てられました。祖父がつくった北山殿を参考にしています。

 

東求堂は、4室からなり、同仁斎と呼ばれる1室が義政の書斎でした。

同仁斎は、日本初の4畳半です!


これは、付書院、違い棚があるものとしては最古の部屋といわれています。

書院造の原点ともいえます。
同仁斎

 

覚え方は、慈照寺東求堂同仁斎とおぼえておきましょう!

 

慈照寺は寺の名前で、東求堂は建物の名前、同仁斎は部屋の名前になっています♪

 

4畳半に部屋の北面には書院と棚が設けられるが、座敷飾りを備えた部屋として日本最古のものとも言われています。

 

 

慈照寺銀閣

 

 

おすすめ覚え方

東山文化:足利義政の時代の文化
京都の東山に慈照寺銀閣を建てた!

 

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まとめ

今回は、『【室町時代】書院造の構造・床の間など内装の特徴|金閣寺・銀閣寺』と題しまして紹介しました♪

鎌倉時代から室町時代には、貴族の文化から武士文化へと移り変わっていきました♪

書院造のポイントは…

建具:障子、襖、杉戸、舞良戸、雨戸などの遣戸(引き戸方式)

天井:竿縁天井、格天井、折上格天井

床:床の間の原型

棚:天袋、違い棚、地袋など(床脇)

書院:出文机(付書院)

 

金閣は、足利義満によって京都の北山に鹿苑寺金閣を建てました!

銀閣は、足利義政によって京都の東山に慈照寺銀閣を建てました!
慈照寺にある東求堂という4室の建物にある同仁斎という1室の部屋の書斎があります。

 

以上になります。

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

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